こんにちは。いまだに母との電話は泣いてしまうフィットネスインストラクターやまいりるりです。



この日は絶対に、忘れないからね。




なんて母に言われて号泣。



いくつになってもおこちゃまだ。






今日は両親に感謝する日。






さて去年の誕生日のブログは

確かアルコール好きでヒステリックな母のことを書きました。


今年はアルコールが一滴も飲めない変わり者の父親のことを書きたいと思います。






昨年、リタイヤし名誉教授になった父親。




父親は大学の経済学の教授でした。




初めて給与を貰ったのは29歳の時、教授の助手としてスタートした時だ。



なんて誇らしげに言ってたけど
今のご時世、29歳まで定職につかない父親みたいな人間と結婚した母はすごいと賞賛されるでしょう。




私は小さい頃、よく家にいてひたすら本を読んでる父親の仕事をあまり理解していませんでした。




ただ父親は世の中のことなんでも知っている。そんな教えがありました。



中学受験の時も、中学や高校の時も、宿題を持ってきては父親の書斎のドアをたたき、


時間ある?ちょっと教えてもらえない?



と宿題を教わったりして、何度何度も助けられました。




英語も数学も、なんでも教えてくれました。
とくに小論文の書き方などは完璧に教わり、その通りに書いた文章は高校の時に絶賛されて、ようやく、、、父親すげーなと思うようになりました。




多分、親に勉強を聞いて150%答えが返ってくる家は他にあんまりないのでしょうけど



当時はどの家庭も親が子に勉強を教えるものなのだと思い込んでおり、



つまり親になるとはとてつもなくハードルが高く、大変なことだと思ったのを覚えています。




大人になってまわりをみると

そうでもない。笑

子は勝手に育つ!!!笑




というのを目の当たりにしました、してます。








まぁそんな父親、頭がいいのはいいんですけど



とにかくケチで変な人間。


100円で買ってきたベルトを自慢したり
いつ買ったのかわからない服を着続けたり、
どこでもタバコ吸っちゃうし、
朝5時に寝て昼13時に起きるし、
ニートに紛れて夜中の1時くらいにランニングにでかけたり
一緒に歩いたつもりが一本早い電車に乗って勝手にいってしまったり



まぁ、私は娘だがどう考えても父親の人間性は理解しがたいところはあります。



でもそんな父親を見て



自由な人間だな。

好きなことを仕事にしてていいな。



という漠然とした憧れはありました。




ん???



あれ?私もある意味似てる。



好きなことを仕事にできた。




おやもとを離れたのは18だけど、
やはり親の影響は少なからずある。





でもあとは、昨日言った。


自分はどうしたいの??


ここからは自分で導いて出す。





父親の身体を治して、良くしてあげたい目標はあるんだけど



なかなか思いが届かない。



31歳のうちに届けよう。






4年前、父親が1年間オーストリアに住んだ時
遊びに行きました。


なつかしのアパート
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一緒に行った世界遺産
エッゲンベルグ城
ドイツ語の説明を聞く父親

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また父親と旅行に行きたいなぁ。






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